712001.7 72 2001.11 732002.4 74 2002.7 752002.11 76 2003.3 77 2003.8
2003.11 NEW
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30周年リサイタルも大詰め
ファイナル青山劇場はチケット残りわずか、
お早めに3月の上田からスタートし、全国縦断で行ってきました
「黒坂正文(黒太郎)30周年リサイタル」9月に行った和歌山新宮市民会館も大成功、いよいよラストが近づいてきました。
すでに前号でもお知らせしていますが、11月は8日に福岡、14日に長野、21日は愛知県豊橋、そしてファイナルが12月14日(日)東京青山劇場です。長野、及び青山劇場にはそれぞれの「コカリナアンサンブル」が登場し、黒坂と福澤達郎氏で創った「コカリナのための交響詩ふるさと」が初演されます。その仕上がりは実に良い物になって来ており、メンバーも練習に身が入ってきております。練習の度に、よくもまあ、この小さな木の笛がこんなオーケストラのような音を醸し出すものだ、と感心させられております。コカリナ愛好家の皆さんには是非とも、愛好家でない方にもお聴きになっていただきたいものです。
青山劇場のチケットは残り少なくなってきております。ご希望の方はお早めにお申し込みください。新宮のアンケートより
●とてもとてもあたたかいコンサートでした。きっとメンバーの皆様ひとりひとりがあたたかい人柄なんだと思います。やさしい歌声澄み渡るコカリナ心に響きました。(女性27歳)
●「夕張の子」という歌を聞いていると、心の中に染み込んでいくものがあって涙が出てきました。「ナナカマドの花」は父母がとても好きな歌で私が幼児のころから聞かされてきました。今は大阪に住んでいますが辛いことがあるとき「ナナカマドの花」を歌うととても元気が出てきます。黒坂さんと矢口さんの歌はいつまでも私の心に残ります。 (女性18歳)●身近な音楽、みんなが望んでいる音楽、どんな音楽かと思いました。まったく前知識がなかったものですから驚きでした。本当によかった。 (女性67歳)
●矢口さんが歌った「死んだ男の残したものは」は考えることが一杯ありました。 (男性35歳)
●矢口さんはひとまわりもふたまわりも大きくなられたように感じました。(女性)
●血がきれいになったような気がします。特に「死んだ男の残したものは」は震えるほど嬉しかったです。どの歌も心に染み入るようでコカリナの音がこんなにきれいだと思わなかったです。 (女性49歳)
「コカリナのための交響詩『ふるさと』」 のすすめ
作曲家の福澤達郎と、数年前から一緒に何か曲を創ろう、と言い合ってきました。お互いに共同作業をしたら何か新しいモノが生まれるように感じていたのです。今までも福澤氏にはコカリナのアレンジなどお願いしてきたのですが、最初の頃はコカリナという楽器の特性がよくつかめず、かなり苦労されていました。特に高域の音を和音にし、コカリナで演奏すると、「差音」という耳鳴りのような音が発生してしまい、音楽にならなくなってしまいます。それと、コカリナの音域の狭さです。基本的にイチオクターブとひとつで表現しなければなりません。これらへの挑戦を繰り返し、今回初めてこのような「大曲」に挑戦してみました。 曲は18分ほどのものですが、3楽章に別れており、第1楽章「峠」、第2楽章「戦争」、第3楽章「春」からなっています。
第1楽章「峠」は峠から見たのどかなふるさと。人々はふるさとを発つ時、峠でふるさとを振り返り、ふるさとに帰るとき峠でふるさとをまぶしく見つめたことでしょう。この遠くから見つめるふるさとをコカリナの音で表現しました。田舎節も聞こえてきます。祭囃子が歌っています。
第2楽章「戦争」。一見「ふるさと」とは不釣り合いなテーマです。でも今まで日本、世界中の戦争でどれほどの人々がふるさとから戦争にかり出されたことでしょう。そして、彼らが傷つき倒れ、もうろうとする意識の中で思い出すのはふるさとの事、家族のこと。「戦争」という言葉が過去の言葉でなくなっている現在、どうしても表現したいテーマでした。迫り来る破壊と恐怖。逃げまどう人々。そして鎮魂歌に乗せ、子ども達がアルトコカリナで心の中に鳴り続けている「ふるさと」を歌います。
第3楽章。「春」。シベリウスの「フィンランディア」が好きです。そのテーマ曲になっている「我が祖国」という曲。いつかあんな曲を作りたいと思っていました。自宅で交響詩ふるさとの構想をピアノを弾きながら練っているときでした。一つのメロディーが浮かびそれを奏でました。そのときです。いきなり、頭の上から「それいい!」という声が聞こえました。神の声かと思いましたが違いました。二階の居間にいた奥さんが叫んだのでした。まあ奥さんのことは別 名「山の神」とも言いますので採用することにし、そっくりこの3楽章のテーマ曲にしました。そして、不思議なことにこのメロディーは唱歌「ふるさと」とピッタリ重なったのです。楽章の最初を4拍子で奏で、最後に3拍子になったこのテーマは「ふるさと」の裏メロディーになりエンディングを迎えます。
この交響詩、今、長野と東京のコカリナアンサンブルがそれぞれに一生懸命練習していますが、なかなかイイ感じで仕上がってきています。バリトンの合奏の響きなどを聴いていると「この世にこんな美しい響きの音があったのか?」と思わず指揮をしながら涙ぐんでしまいます。
これを全国のコカリナ愛好家の皆さんにもお奨めします。
是非挑戦してみてください。ご希望の方にはピアノ伴奏譜付き楽譜と練習用のCDをおわけします。頒価2,000円送料別 。
長崎で思ったこと、 そして新しい本今年の夏の被爆樹コカリナの演奏は長崎でした。 日本生協連主催の「虹の広場」に呼ばれコンサートを行いました。今年の夏は冷夏とはいえ、長崎は例年の通 り原爆で亡くなった人々への慰霊の念と平和への熱い思いが渦巻いていました。ところが、それらを押しつぶしてしまうぐらいの、もうひとつの別 の悲しみがこの町を覆っていました。
12歳の少年が4歳の幼児を殺害した事件。人々はその残忍な殺害方法に衝撃を受け、犯人の幼さに驚愕していました。そしてさらにそれに追い打ちかけるように人々をやり切れない気持ちにさせたのは、この犯人の子が「ごく普通 の子だった」、ということでした。
タクシーに乗ったとき運転手さんから話を聞きました。情報通の運転手さんは的確に情報得ていて、「本当に普通 の子なんですよ」とため息混じりに話してくれました。
もし、この少年が札付きのワルであったり、誰が見ても「特別」と思えるような子だったら、大人達はきっとこれほどの衝撃を受けなかったことでしょう。でも、その「期待」を裏切るようにこの子は成績も良く非行歴もない「普通 の子」だったのです。それでも、マスメディアは「アスペルガー症候群」などという聞いたこともない病名を引っ張り出し、「ああやっぱりこの少年は『普通 ではない子』だったのだ」とレッテルをはりなんとか国民を安心させようと躍起になっています。でもそこにはどうも無理があるように思えます。それが分かっているのか、その記事の後に「そのことが事件に結びついたかどうか分からない」となんとも無責任な言い方をしています。
そして、バカな大臣から「市中引き回しにしろ」と言われている、この少年の母親も「なぜ彼がこんな残忍な行動に走ったか、まったく分からない」と証言しています。虐待して育てたわけではない。酷い環境で育てたわけではない。離婚が原因と言ってもそんな家庭はいくらでもある。「母子の密着すぎ」と言われても「なぜ母親と子が密着してはいけないのか?」「なぜ?なぜ?なぜ?」が彼女の中で渦巻いていることでしょう。
ではなぜ彼はこんな事件を起こしたのでしょう? 少年を審判した長崎家裁は「今後の少年の更正について両親の協力は得られない」そう述べています。また、一部週刊誌報道では犯人の両親は「死に場所を考えていた」とあります。
僕はこれらの言葉を聞いたとき、激しい憤りを覚えるとともに、その言葉にこの事件の本質を見たような気がしました。
「親としての責任の放棄」 どうしてこの14歳という将来ある子の更正に親が協力することができないのでしょう?どうしてこの子を放り出したまま死ぬ ことなどできるのでしょう? 幼い頃から、このように責任を放棄して子育てをしてきたとしたら、それこそがこの事件を引き起こした原因に思えてなりません。
この両親は少年が放つ「僕を守って」という叫びをことごとく裏切ってきたのではないでしょうか。自分が守られていない、と思いこんだ子ども達はその不安と恐怖から自分を見失い、どんな凶悪事件でも引き起こしかねません。もしかしたら、あの事件が起きたとき4歳の駿ちゃんも「助けて」と叫んでいたのですがこの少年も「助けて!」と叫んでいたのではないでしょうか。そんな辛い長崎から帰った後、一冊の本を書こう、と思いました。夏休みを返上して一ヶ月で240枚を一気に書き上げました。「コカリナ?」の本を出してくださった講談社の編集部に見せたら「大変おもしろい」と評価してくださり、即、出版が決まりました。来年の2月か3月に出る方向で、今編集作業中です。発売になったら読んでみてください。動機はシリアスなのですが、内容はオカシク楽しい話。音楽とは直接関係ない「親子ってなに?」と問いかける本です。矢口周美と共著です。(彼女はしゃべっただけですが・・)
中国へ行った十月下旬中国へ行きました。 秋、上海蟹の季節。世界一おいしい蟹を食べさせるから、と言われ、出かけていったのですが、もうひとつ目的がありました。日本でおもちゃ販売の会社を経営する大学時代の友人が、彼が取引をしている中国のおもちゃ工場でいつか僕のコンサートをしたいと言う夢をもっており、僕もその話にノッているものですから、その下見もかねて出かけていきました。場所は中国の南部に広州という大都市がありますが、そこから車で40分ほど東に行ったトンカンという町。ちょっと前までは広大な農地だったと言う所は、今や巨大な工場地帯として開発され、そこでは日本やアメリカから受注した様々な商品が作られています。
それらの工場を支えているのが安い労働力。工場に一歩踏み入れるとそこにはベルトコンベアーに蟻のように群がる労働者達。その工場だけでも2500人。ほとんどが若い女性。顔にはまだ幼さが残り14、5才と言う感じ。みんな雲南省などの経済的にとても厳しい田舎から来た娘達だそうです。彼らの労働時間は一日平均12時間。一見したところ、その姿は昔の日本の女工哀史に登場する少女達。が、僕ら日本人がそれを見て「かわいそう」と同情するには及ばない、聞くところによると彼らのほとんどは「もっと長時間働きたい」と言うのだそうです。全ては田舎に残してきた家族のため。そして、そんな工場の経営者は悪辣な人間かというと、そんなことはない。社長さんも工場長さんもみんないい人でした。
ただ何かが重苦しい。この晴れない霧のような工場の重苦しさは何だろう?とその夜、そして中国から帰ってもずっと考え続けています。彼らがポケモンや中田(サッカー)の人形をひたすら作り続ける姿が目の奧に焼き付いて離れません。結論らしきものは全く導き出せないでいるのですが、せめて日本の子ども達に「ポケモンの人形」はこんな人達によって創られているのだ、ということを知らせたいという強い思いに駆られました。いつか是非この工場でのコカリナコンサートを実現したいものです。そしてできれば彼女たちの「ふるさと」を訪ねてみたいものです。上海カニ。うまかった!
お菓子用のおもちゃを作る中国の娘達
●あなたの町でも黒坂黒太郎コカリナコンサートを!
被爆樹の音色も是非お聴き下さい。
5、60人から数千人規模までできます。
詳しくは 黒坂音楽工房 03−5626−1581
ファックス 03−5626−1568
Eメールアドレス kuro@waltz.plala.or.jp
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