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コカリナ週間情報 Vol.14 2001.8.06
2001年夏、広島にて 黒坂黒太郎
週間コカリナ情報が「月間」さらにはそれ以上になってしまっていて申し訳ありません。なにせバタバタしておりまして。
今広島にいます。今年の広島はいつもよりずっと長い滞在です。2日に広島入り、3日は国際会議場で開かれた広島市、朝日新聞などが主催する「国際平和シンポジウム」でコカリナを演奏させていただきました。被爆コカリナ。6年前広島で被爆したエノキからできたもの。
国際シンポジウムでは元国際司法裁判所の副議長さん、元カナダの外務大臣など世界の平和を率いるトップの方達にもこのコカリナの音色を聴いていただきました。終了後それらのみなさんが絶賛してくださり、アメリカの平和運動家の方は来年開かれるネイティブアメリカンの集会でのコンサートを約束して下さいました。5日は広島県体育館大アリーナで持たれた生活共同組合の「虹のつどい」でのコンサート。夜は原爆ドーム前で開かれていた平和コンサートに、とび入り出演。そして6日は「世界子どもの平和像・広島」の除幕式、完成祝賀会で演奏。その後NHKテレビの中継で原爆の子の像の前で演奏、と慌ただしく過ごしました。それにしてもこの広島でもコカリナが出会わせてくれる力は凄い。海外の代表だけでなく、今まで雲の上の存在だった広島市の秋葉市長さんともコカリナを通 じてお話することができ、さらにはそれぞれのコンサートで必ずと言っていいほど被爆者の皆さんから、「私達を励ましてくれる素晴らしい音色です」と握手を求められました。極めつけは最終日、8月6日の夜10時ごろ市内でビールをひっかけた後再び平和公園に向かいました。実は僕は広島で一番好きなのはこの時間です。数十万人の人が集まった昼間の喧騒とはうって変わって人はマバラ。灯篭流しの残り灯篭がただよう川辺をじっと見ながら静かな時間を過ごせます。そして、人間の生と死についていろんな事を考えます。僕はしばらく灯篭を眺めていたのですが思わずポケットに忍ばせていた被爆樹コカリナを取り出し灯篭達に向かって吹き始めました。するとなんとも不思議な事が起こりました。それまでマバラだった灯篭達が僕の前に集まってくるではありませんか?それは単なる偶然、風の悪戯だったのでしょうが、原爆で亡くなった子ども達の霊が集まって来たようにも見えました。そして彼らはそれから僕の前を全く動こうとしません。仕方がないので僕はずっと繰り返し何曲も演奏しつづけました。その灯篭達に向かい僕は被爆樹コカリナの音色を平和の祈りとして世界に伝える事を誓いました。来週からアイルランドです。そこでも勿論このコカリナを演奏する予定です。
8月6日朝日新聞の朝刊「天声人語」、読売新聞の朝刊「編集手帳」に
被爆コカリナの事が書かれました。ここに掲載します。
朝日新聞■《天声人語》 08月06日
火と木の物語である。広島の被爆を伝承する火と木だ。まず火の物語から始めよう。 福岡県の星野村に原爆の火が燃え続けている。この村出身の山本達雄さんが、被爆後の広島から持ち帰った火だ。原爆投下の翌月、爆心地近くの全壊した叔父の書店の地下で残り火がくすぶっているのを見つけた。山本さんはその火をカイロに移して星野村に持ち帰った。 火は仏壇のほか火鉢やいろりにも移し、家族で守り続けたという。そのことが世に知られるようになった68年、星野村に管理を移し、火は村の平和の塔に移された。その後、あちこちに分火もされて、各地でともし続けられている。「原爆の火」から「平和の火」へ、そして「ヒロシマの火」として世界にも知られる。
次は被爆樹から音楽が生まれた話だ。爆心地から北約1キロの陸軍病院の庭にあったエノキが、黒こげになりながらも被爆を生き延びた。84年の台風で倒れたが、広島の高校生たちが保管してきた。そのエノキから笛をつくろうという話が持ち上がり、コカリナ奏者の黒坂黒太郎さんらが昨年、木笛の一種コカリナに仕立てた。
広島で3日に催された国際平和シンポジウム「核廃絶の流れを確かなものに」の冒頭で黒坂さんがその演奏をした。エノキは笛にはなりにくいというが、被爆をくぐり抜けた笛は、素朴で澄んだ響きを聴かせてくれた。シンポジウムでは、ヒロシマの火の新しい計画も明らかにされた。北米先住民の平和活動家が来年1月からヒロシマの火を携え、核廃絶を訴えて全米を旅するという。
読売新聞:8月6日付・編集手帳
先週、広島市で開かれたあるシンポジウムで、コカリナの演奏を聴いた。コカリナは、ハンガリーの露店などで売られていた木製の笛をもとに、音楽家の黒坂黒太郎さん(52)が考案した楽器である◆手のひらに納まるほど小さな笛は、指笛のような口笛のような、どこか人の体温を感じさせる温かで澄んだ音色を響かせる。黒坂さんは唱歌「ふるさと」など四曲を演奏した◆使われたコカリナは、広島市基町の陸軍病院の庭にあったエノキの幹から作られたものだ。原爆により、爆心地から約八百メートルの場所にあった病院は壊滅し、エノキも樹皮が真っ黒に焼けただれた◆エノキは木管楽器に不向きとされている。加工しにくく、音もよく出ないためだが、そのエノキは違っていた。この春出来上がった八個のコカリナすべてが桜やカエデに劣らぬ 美しい音色を発した。「どうしてか」と黒坂さんも不思議がる◆被爆樹の悲しみや痛み、苦しみ、生きる希望などが長い星霜を重ねて、エノキの「声」になったのだろうか。可憐(かれん)で哀切な調べを聴きながら、ふとそんな思いに誘われた。人の嘆きの吐息が鎮魂の詩になり、歌になったように◆演奏曲目には黒坂さん自作の「空」もあった。エノキが伸びていた広島の青い空。その空をキノコ雲が真っ黒に覆い尽くしたのは、五十六年前のきょう。
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