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コカリナ最新情報 Vol.18 2002.1.21
暖かかったシアトルの冬
シアトルへ行って来ました
1月15日 原爆の火がシアトルを出発して行進でニューヨークへ向かいました。その平和行進の出発式がシアトル郊外のベイブリッジアイランドという島で行われたのですが、その出発式で被爆エノキのコカリナを演奏して欲しい、と要請を受け出かけていきました。なぜベイブリッジアイランド島なのかというと、ここに「チーフシアトル」というネイティブアメリカンの偉大な酋長のお墓があり、そこをこの行進の出発点としよう、と、この企画を担うネイティブアメリカンの皆さんが計画したのでした。
式は1月15日朝10時から。
この日のシアトルはとても寒く、(と言っても東京よりは暖かい)まだ暗いウチにシアトルのホテルを出発、島に向かうフェリー乗り場に向かいました。フェリーは静かな海を音もなく島に向かっていきます。そして着いたインディアンの人々の聖地はなんとも美しい場所でした。そして出発式はまず日本山妙法寺の坊さん達の太鼓とお経で始まりました。 さらにはインディアンの皆さん達の祈りの言葉が続き、最後になんとコカリナで締めさせていただきました。僕は目をつむり、何も考えず「空」を演奏しました。でも演奏し終わった時、目を開けると一番前にいた白人の男の人達何人もが涙をぬ ぐっているのが目に入りました。国中に星条旗が溢れている中でアメリカの良心を見た気がしました。
その他、シアトルでは教会、大学、小学校、お寺(ちゃんとしたお寺があるのですよ) 日系人の老人ホームなど6日間で計10回ものコンサートをさせていただきました。
教会のコンサートはアメリカ人ばかりだったのですが何回もスタンディングオベーション(全員が立ち上がるアレ)を受け、すっかり気をよくしてしまいました。そして 最終日、広島で被爆した74歳の女性とお話ができたのですが、(その方はお寺で初めて聞いてくださり感動してくださったようでまた別 のコンサートにも来てくださいました)彼女は「私は被爆者なのですが今まで原爆の話は自分の胸に秘めてほとんど話してきませんでした。でも被爆樹の音を聴いた夜は感動と、あの日のことが浮かんできて眠れずませんでした。私はこれから平和のために原爆の話をアメリカでし続けて行こうと思います」とトツトツと語ってくれました。アメリカのコカリナコンサート続けてみたい、と思っています。
共同通信が同行取材してくださり、全国各地の新聞に紹介されています。
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