コカリナの世界へようこそ

コカリナ最新情報 Vol.19 2002.2.9


ソルトレイクオリンピックとコカリナ

 コカリナがまたマスコミに盛んに登場しています。ソルトレイクオリンピックとの関係が多いようです。ソルトレイクとコカリナは次のような形で進んできました。

1998年
 長野オリンピック終了後からソルトレイクオリンピックでも長野オリンピックと同じように伐採木からコカリナができたらいいね、という話があり、その年の暮れ、たまたま黒坂音楽工房のスタッフの友人がソルトレイクに住んでいたことから、現地と連絡を取り始め、長野コカリナのみんなに「ソルトレイクへ行こう」と呼びかけたら、話がどんどん進んで行きました。

1999年
 その翌年2月には、山ノ内町の大熊さんと黒坂音楽工房のスッタフ、ギターリストの安田雅司郎で下見兼コンサートに出かけ、現地の小学校や中学校などでコカリナのコンサートソルトレイクの子ども達もすっかりコカリナが気に入ってくれました。
  7月、山ノ内コカリナの会、長野コカリナ合奏団、上田コカリナ合奏団、日本コカリナ協会の合同でソルトレイクコカリナツアー、暑い日差しのソルトレイクでパレードに出たり、ネイティブアメリカンの人達の集会でやったり、またユタ州教育委員会が独自のコンサートを作ってくれました。子どもたちも交流できた素晴らしい旅でした。
  旅の感動も醒めやらぬ秋、ソルトレイク側から、やはりソルトレイクでも伐採されなければならない木が出て来た。と連絡が入り、日本コカリナ協会ではそれをコカリナにするために協力することにしました。

2000年
 4月コカリナ協会の理事長小澤氏と黒坂で伐採された木をコカリナにするためソルトレイクへ出かけていきました。バイアイスロンの会場で伐採された大量 の黒柳を視察、木工家のジャド氏の指導、子どもたちのコカリナ演奏指導を行ってきました。グランドキャニオンの近くのブライスキャニオンの山奥まででかけ、走行中にいきなり車のタイヤがなくなり死にかけました。
 7月黒坂と矢口でソルトレイクに出かけていきユタ州教育研究集会でコンサート、先生方にもコカリナの指導。

2001年
 1月、本来ソルトレイクで作る予定だったソルトレイク伐採木によるソルトレイクコカリナが現地の木工家では製作が無理ということになり、ソルトレイクから日本コカリナ協会に向け製作要請が来ました。そしてソルトレイクの木が送られて来ました。全国の公認コカリナ製作者の皆さんに呼びかけたところ全員がボランティアで製作する事を快く引き受けてくれました。
  3月、製作者にお願いしたコカリナ約200本が完成、長野コカリナ合奏団によってお披露目。4月上旬ソルトレイクへ向けて発送しました。6月、現地ではそのコカリナでコンサートがもたれましたということです。(先日のあるテレビでは「長野市がソルトレイクからコカリナ製作の要請を受け」と報道され、全国のコカリナ製作者については何も触れられませんでしたが、これは事実と違います。全国の製作者の皆さんの名誉のために)

2002年
 当初、日本コカリナ協会でツアーを組み、ソルトレイクへ出かけて行き、みんなでコカリナを演奏しよう、という話もあったのですが、金銭的な問題など様々な問題がある中で2001年9月のテロ。1999年夏のように子どもたちもみんなで出かけて行く、という事は断念せざるを得なくなりました。そのかわり長野コカリナ合奏団の高校生4人が製作者の坂本さんと一緒に「みそ汁提供ボランティア」の一員としてソルトレイクオリンピックに参加、現地の子ども達と合同演奏して来てくれることになりました。素晴らしいコカリナの音色を響かせてくれているでしょう。


アイリッシュフルート奏者
ダヒ・オ・ルイン&黒坂黒太郎コンサート

  昨夏のアイルランドの旅で知り合った若きアイリッシュフルートの奏者 「ダヒ・オ・ルイン」と黒坂黒太郎のコンサートが別紙の通りもたれます。 アイリッシュフルートはコカリナの音にも似た素朴な音色、コカリナとアイルランドミュージックをセッションします。是非お出かけ下さい。


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